ITACHi de HOLISTIC

イタチたちとのホリスティックな生活。

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翔那の旅立ち

9/25朝9時過ぎ。
最愛の翔那が旅立ちました。
奇しくもその日は、翔那と暮らすきっかけとなった、実家の猫ちかげの命日でした。

IMG_4536_R.jpg

2011年は1月に琥桃が旅立ち、2月に瑠緋が旅立ち、3月には震災があり、震災直後から翔那が呼吸発作を起こすようになり、ずっとずっと闘病してきた年でした。
2011年、やりすぎだ。
自重しろ。

原因不明の呼吸発作を起こし始め、通院するも原因特定まで至らず、本人の状態的にいろいろな検査や手術などは逆に命を縮めるから出来ないという状況で、半年よく頑張ってくれました。
この半年間、幾度となく容態急変→奇跡の復活→ちょっと安定→容態急変・・・というのを繰り返してきましたが、命あるもの仕方がないよね。
幸いなのは、寝たままの状態で体も動かさず、顔の表情も変わらず、そのまま旅立ったこと。

数日前から下血が起こり、下血量が半端なく、わずかな仮眠でほぼ徹夜と言うのが何日も続いたあと、ほんのちょっとウトウトしてしまった隙に、何の音も発さずに心臓が止まった模様。
体はまだまだとても温かかったので、寝ないようにとかけていた目覚ましがなる前にふと気がつき、酸素室内を見たら寝たままの姿で、でも呼吸をしていない翔那がいました。

最後の瞬間抱っこしてあげられなくてごめんね。
でも穏やかに旅立ってくれたならよかった。

2004年11月7日、ウサギを飼いたいとペットショップを回っていて、4軒回った後ピーンとくるウサギがいなくて、諦めて最後のお店の店内グルっと見て回ったらそこにいた翔那。
頭にうんこつけて、いたずらっ子そうな顔して、同じケージの中の子たちとバトルしてたんだけど、私がケージ前に行くとバトルやめてこっち来る。
私がいなくなるとバトルに戻って、私じゃない人がいってもバトルしたままで、でも私がいくとこっち来る。
そうやって翔那に私は選ばれました。

お迎え当時の翔那。

2004589_3040380424.jpg

初日からガブガブやられて流血しながらだったけど、すごくヤンチャで、努力と言う言葉が一番似合う鼬さんだったので、いたずら予防の対策がホントイタチごっこで、頭もよくて力もあって強くて、若い頃はかなり手を焼きました。
その後も里子ちゃんお迎えとか、お友達にあったりとかではボス気質を発揮し、群れをまとめるんだ!俺が群れを守るんだ!という根性の子で、私のことまでも守ってくれてた子でした。
地震あると「大丈夫か!」って真っ先に様子を見に来てくれてたりね。

そんな翔那も年を取って介護が必要になって、本人頭はしっかりしていたので動けないもどかしさなど感じていたようですが、そんな子だからこそ「出来ることは自分で、出来ないことは私が助ける」を徹底し、自分でやれることを取り上げてしまわないように介護してきました。
「こうしてくれ」と言う指示も的確で、翔那が私に伝えること通りにやってきましたが、今回翔那が「俺行くわ」と決めての旅立ちなので、精一杯翔那の意志に沿って立派に送り出したいと思います。

これで我が家の鼬はいなくなりました。
5人の大所帯でしたが、最初にお迎えし最後に送り出す子が旅立ちました。
今後鼬と暮らすことがあるかどうかわかりませんが、鼬との暮らしは本当に楽しかった。
寿命が短い動物だから、旅立ちはとても辛いけど、過ごす時間の濃度は一緒で、本当に楽しかった。

どうもありがとう。
お疲れさまでした。
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